アール学派
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工学的・論理的な視点反駁への反論、の回答(Yu-ta)
ちょっと議論の争点が分らなくなってきたので復習~。

Yu-ta的な議論の争点は、人間の全存在から経済人のみを切り出して論じることは可能であるか? という問いでした。

ま、難しい事はYu-ta的には、はは~ん、と思って聞いているしかないんですけれども、つまりね、ネタを軸にして人間を取り扱う場合、先回の回答でもそうなのでしたけれども、Aについてはこれ、Bについてはこれ、というふうに、小出しにするのはバラエティに富んでいていいのですけれども、その核としての”人間”の定義というのかな、そんな仰々しいものではなくとも、全体としての、その人間に対する考え方が見えてこないところが難点です。その意味では最初に問いました件についての回答は、未だ頂いていないのかな、と思うところであります。

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工学的・論理的な視点反駁への反論(夢幻人)
道具的思考も理解できます。有形・無形事象に対して。
程度の問題については、その区分・内訳を規定できる人間はいないと考えるのが普通でしょう。いわゆる、スタンドアローンコンプレックス状態では、その認知は不可能といえます。よって、その現状の領域範囲や人為的な操作可能領域を詳細に区分することは、当然ながら限界があります。バイアスがぬぐい切れない(欺瞞的な)統計手統計的手法などを用いたりはしますが。たとえ自然科学であっても(本来のこのブログの領域外ではありますが)、水は100℃で沸騰するとありますが、それは実際には嘘です。許容範囲内として、例えば99.9999・・・℃も100℃と規定し、100℃で沸騰と認めているのでしょう。また、温度には華氏と摂氏があるように尺度の違いによっても、とらえ方は異なるといえます。
また、氏も述べているバイアスの可能性が正常であるならば、その川下にある行動にも変化を生じさせることは当然のことと言えます。すなわち、企業行動も個体行動もコロコロ変わるのは何ら不思議なことではないと考えられます。ただし、あまりに節操のない変化は、状況が受け入れがたい側面が大いにありますが。
また、システムなどルール的な事象に関して、人間がその領域を規定しているため、それを超えた部分に関しては、無論ながら、限られた合理性下にあり、コンティンジェンシー・セオリーの示すとおり、対処していくだけのことと言えます。
さらに、嗜好性の変化については、彼らは限られたシステム化において、一方で、試行錯誤を繰り返しているともいえます。また一方では、認知不可能な部分の具現化、もちろんこれにも特定領域からのアプローチになってしまうとは思いますが、新たな規定を模索しているといえます。刺激―反応に対し、どうとらえるは、企業によって異なる継続的に対処する問題と考えられます。むろん、程度の規定できませんが。
そして経験的手法の件とも重複しますが、経験的手法の名の下に許されしまう行為がおかしいのです。また、経験的手法とは別物のものまで、経験上という前例として包含されてしてしまうことに危惧の念を隠しきれないということです。保守的方向に振れる人間の性ではありますが。
工学的・論理的な視点;(夢幻人)氏への反論への回答(夢幻人)
【障害情報】
まずは、私のネット環境におきまして、モデムの故障・復旧のため、記事のアップができなかったことに対して、謹んでお詫び申し上げます。ちなみに、近くに未だISDNなどというものが存在し、不安定な状態。リーチへの変更を要請してあります。少なくとも、1週間ほどは不安定な状態が続くようです。
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工学的・論理的な視点;(夢幻人)氏への反論 (Yu-ta)
ども、今日はブログ内で相手にケンカを売りに来たYu-taです。

論理的というのは、どこまでが論理的か、を問うといいと思います。
単に仕事だけ、で切ってしまえば夢幻人氏のいう事と、そうかけ離れませんが。
かつて、Yu-taのお爺は、家業をする人でした。そこには仕事はすなわち一家の生計のためであって、仕事と生計と家庭はほぼ一体で考えてました。
んで、Yu-taのおとーは、サラリーマンでありまして、仕事と生計は一体でしたが、家庭とは切り離されてしまいました。つまり、仕事人間であり、仕事を家に持ち込まないことがこの人種としての美徳でもありました。

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工学的・論理的な視点の乏しい小売業(夢幻人)
小売業を良くは思わない考えは、古くは、時代劇に出てくるような悪徳商人、そして金の亡者的視点、さらには、逆にお客にペコペコと迎合する姿という観念が背後に存在し、これらの粗野な面が強調された結果とも言える。
しかし、これらは単に表層部として捉えることのできる部分に過ぎない。
真に見るべきは、この業態の深層の思考や行動姿勢にあると考えるべきである。
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ケンカ商法(夢幻人)
ドキュメント・ナウ(8月2日深夜、TBS)で、久しぶりに「ケンカ商法」のお店(下着屋)を見ました。
初めて見たのは、10年前に放送されました。
ただし、衝撃的な名前とは裏腹に、交換の原点や人としてのマナーを感じさせるものです。つまり、本来、両者は対等な関係であるということである。
小売業においては、“お客様は神様”なる信仰をご大層に盲目信奉する経営者が多く、お客の身勝手なわがままに迎合するだけのものです。お客様に異見することは、とんでもないという極めて消極的な思考態度です。誰かが、日本ほど接客態度に気をつかう国はない(現場はともかく、少なくとも経営者や管理者の立場としては)と聞いたことがあります。極めて、機械的なセルフ方式をとる販売店ですら、接客を求めてきます。取引とは、本来等価交換(マーケティングで言うところの営利経路費用と消費者費用、支払う費用と享受するサービスとのトレードオフ関係)で、良い品で安くて、サービスがいいなんてものは、おかしいか、どこかに無理があるのです。でも、もちろん他の手法で、その分を上手にカバーしていますが。
そしてまた、神様なら“慈悲の心”があるわけで、ある意味彼らにそんなものはなく、求めるべくもないのだから、本当は、王様(暴君様)とでも言うべきではないでしょうか。
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シナジー効果の虚妄性 (Yu-ta)
経営学なんてのは、基本的にウサン臭い代物でありまして、講義なんぞでは、それらしく説明して、聞いているほうもホゥホゥなんぞとノートの取ったり、書くのは面倒ですからシャメったりしてるんですが、シャメも”ハイ、チーズ♪ パシャッ”という音がするので、シャメ禁止令が大学長発第17-065Bの公文書でお達しが出たとか出ないとか。

ま、それはともかくも、ウサン臭い経営学の中でもかなりいい加減ランクが高い”シナジー効果”ですが、もう既に一般でも知れ渡ってるコトバですので説明不要かと思いますが、ようは1+1<2 になってウホウホだ、という話なわけです。
さて此方、どの当たりがウサン臭いかと言いますと、1+1=2になるのは世の常でして、ならないほうがおかしい訳です。っていうか、科学的には2以外になる、というのは非常に勇気の要ることですよ、えぇ。
それを臆面もなくいってしまう当たりが経営学サイコー(>∇<)たる所以なのですが、まぁ詳しくは下にて。
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企業対顧客  (夢幻人)
クレームについての話です。
クレームの種類としては、不可避的な問題と可避的な問題がある。前者は偶然の産物として除外できますが、ある程度想定でき、同様のものが複数回にわたって発生するような後者が、おおよそクレーム本来の事象として重要と考えられます。
クレームの原因としては、一時的な問題として、想定外の反響に企業がシステム的なタイムラグが発生することによるものと、慢性的発生に対する改善対策が行われないものがあると言えます。無論、この場合前者は不可避的で、後者は可避的です。
さらに、システマティック、無味乾燥的に処理できればいいのですが、悪いことに、これらがミックスされてやってくるのです。つまり、「消費者の権利」といった具体的な問題以上に、事象(道具)を扱う側の人間としての感情の介入があります。
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現場管理における感情の効果について  (夢幻人)
ある現場管理者(男性:ロワーマネジメント)が、女性パート労働者に手を焼いている。彼によれば、彼女たちは“感情で仕事している”と言うのだ。例えば、誰とは嫌いだから一緒に組みたくないとか、前のシフトの人間を自分が楽をするために残すとか、仕事とは別次元の個人的事情や感情を職場に持ち込みすぎることや、自分を棚に上げて他人の粗ばかりを批判していることなどである。彼からしてみれば、彼女たちの次元の低さに幻滅し、公私の別はないのかと憤慨するのだが。感情の論理は厄介である。もちろん、彼女たちに感情的な方法論で評価や職務を与えれば嫌がり、自分勝手そのものである。
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まだまだ続くよ、リ・ス・ト・ラ(夢幻人)
有名人(女性キャスター)がトップに就いても、“はてな”ですね。
現環境大臣にせよ、今回の三洋にせよ。世間を欺く、単なる広告塔ですよね。

2007年問題と技術の継承を含めて、いかに考えているのでしょうか。
万が一、まだ本当に無駄で、リストラできる社員がいると考えているだけで、そのような人材が未だに残っていたというのであれば、恐ろしいことですね。よく会社やっていられますって感じです。短期的代替可能性に着目しただけでは競争優位は確保できませんね。
そして、未だに、きれいごとのように、成果主義などという幻想を御大層に抱えている企業があると思うとぞっとします。日本的成果主義なるものを企業文化にマッチングさせて作っていこうとするならば、まだしも。
たいてい、リストラは、単に人件“費”だけを解決するだけで、中間域能力の社員が残ってしまい、企業の新陳代謝どころか、目立たないものになってしまうのがオチと考えています。
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見えざる革命 (Yu-ta)
Unseen – Revolution,ドラッカーの言う年金基金革命は、20世紀アメリカ株式会社と経済において大きなインパクトがあるだろう。それだけの意味合いがあるからだ。
かつて、フィッチ&オッペンハイマーが問うたように“会社は誰のものか?”は、資本主義と、その代表的な担い手の株式会社が一体、誰によって支配されているか、を問い続ける。おおよその答えはこうだった。会社は資本家のもの。ロックフェラーやカーネギーの巨万の富はアメリカの象徴でもあった。それを揺るがした契機は、バーリ&ミーンズによってなされ、1930年代には支配者は経営者、とされた。そして今や支配者は経営者から、年金基金へ、そして基金の担い手である多くの一般の人々へと推移したのだ、と。
本書が刊行された1976年頃には、かつてバーリとミーンズの時代に、広く浅く分散していた株式が、再びある機関へと集中していく趨勢にあった頃であって、当時のアメリカ資本主義の象徴的な一冊であったことは間違いない。

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“Mr.規制緩和”、安らかに眠れ(夢幻人)
6月30日、官との戦いにもっとも熱かった小倉昌男氏が永眠した。
“くろねこヤマトの宅急便♪”を世に広めた男として、テレビで取り上げられていたのを覚えています。
◆プロジェクトX
:「腕と度胸のトラック便」(第54回2001年5月29日放送分)
◆ガイアの夜明け:
「金儲けで福祉を変えろ!」(第123回 2004年8月24日放送分):ヤマト福祉財団
お年をお召しではありましたが、バイタリティあふれる姿で、気概を感じていました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
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オーバーストアについて思うこと (夢幻人)
私の住んでいる周辺は、いわゆる市の中心部から離れた郊外で、非常に飲食店が多く出店してきている。人口が増えてきているせいもあり、ある意味当然ではある。この間も、いわゆる“創作料理”のお店。数年前に、自宅から少し離れた場所に、有名な創作料理の店が出店してきた際、友人と一緒にいたのだが、ファミレスに少し毛が生えたような豪華版って感じでした。確かに、テーブルサービス等はよいが、肝心の料理が素材はいいのだが、素人料理っぽかったのを覚えている。他にも数店舗、別の創作料理の店にも行ったが、そちらはもっとひどかった。そして、別の業種では、同様の現象が理髪店・美容室にも現れている。人間の心理は、こうも発展(人口増加)地域に偏っていくのかと思う。私の住んでいる周辺で、少なからずオーバーストアである。しかし、料理は、味や好みといった嗜好性で差別化もできると言う批判もあろうが、それは半分間違っている。競争は均一ではなく、また、コープランドの規定した商品特性を含め、実際上の規定は困難である。現に私が行った某有名創作料理店は半年も経たずに閉店している。出店に際し、某大型家電量販店とコンビニのある立地を当て込んだのであろう。その点では、経済学で言うところの供給・需要曲線は正確ではない。
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