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工学的・論理的な視点;(夢幻人)氏への反論 (Yu-ta)
ども、今日はブログ内で相手にケンカを売りに来たYu-taです。

論理的というのは、どこまでが論理的か、を問うといいと思います。
単に仕事だけ、で切ってしまえば夢幻人氏のいう事と、そうかけ離れませんが。
かつて、Yu-taのお爺は、家業をする人でした。そこには仕事はすなわち一家の生計のためであって、仕事と生計と家庭はほぼ一体で考えてました。
んで、Yu-taのおとーは、サラリーマンでありまして、仕事と生計は一体でしたが、家庭とは切り離されてしまいました。つまり、仕事人間であり、仕事を家に持ち込まないことがこの人種としての美徳でもありました。

さて、その後、爺、おとー、ときた三代目Yu-taが如何なる事になったかといいますと。
仕事、生計、家庭、それぞれがばらばらに切られてしまって、労働の美徳というイデオロギーを忌み嫌い、生計を立てるための金は、すなわり「合理的」にかせげばOK,つまりバクチでも株でもパチ屋でも、とにかくリーマンするよりか、手っ取り早く稼げますがな、という理屈で。

というような、状況に正直嫌気に思う昨今。
同時に、人間の領域を少しずつ切り刻んで、お陰で、世の皆様、ほとんどすべて多重人格者になっちまいました。仕事の時の自分、家族の一員としての自分、というように。

工学というのはあくまでも”技術”でありまして、使うか使わないかを決めるのは人間です。したがってプラグマチカルな現代でいうならば、それは人間が技術を使うものであって、決して技術が人間を振り回す事はあってはなりません。ロボット三原則もそう言ってます。
また、夢原人氏の「分業化された結果、個人の全体を見る視点が欠如しているとも言える。」の言及には賛成ですが、論理・技術と人間とを倒置して述べる夢原人氏にも、同じ問いをYu-taはしてみたく思います。


そんな訳でして、論理というのはある一状況だけを取り出して考えたとしても、全体としての辻褄からは飛躍できません。してしまうと、今の世の中のように分裂してしまいまして、多重人格だけじゃなくて分裂症も引き起こしてしまいます。
小野善康氏が『不況の経済学』で時折強調している合成の誤謬というのは、細分化された研究領域に閉じこもることで起こる現代病のようなもの。井戸の中の蛙がグダグダ言っても有益ではないですが無害です。しかし、井戸の中の学者が言う事が、それが誤謬に満ちていようとも、現実に影響がある訳です。今少し理性と教養を求めたいと思う昨今でありますが、夢原人氏は如何様にお思いでしょうか?


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